5.5 身体と金融

第5章:物語と創作に対する思考

5.5 身体と金融
—資産とは、耐える力の形である—

シラチャのジムで、僕はコーチーと出会った。 彼は元ムエタイ選手であり、現在は仮想通貨トレーダー。 その組み合わせは、最初こそ奇妙に思えたが、話を聞くうちに、むしろ“本質的”だと感じるようになった。

「仮想通貨は、格闘技と同じだよ」 彼はそう言った。 「一瞬で崩れる。でも、崩れた後にどう立て直すかが勝負なんだ。メンタルが弱い奴は、どっちも続かない」

この言葉は、僕の投資観に静かに揺さぶりをかけた。 僕はこれまで、金融を“知識”と“分析”の世界として捉えてきた。 だが、コーチーはそれを“身体”と“耐性”の世界として語った。

筋肉という無形資産
彼の肉体は、まさに“資産”だった。 高価な服を着ていなくても、彼は堂々としていた。 その姿勢、動き、声の張り——それらは、ブランド品以上の説得力を持っていた。

筋肉には、数千万円の価値がある。 高価な服装の代わりにもなるし、アンチエージングの薬にもなる。 インフレで価値が下がらず、盗まれることもない。

この言葉を、僕はノートに記した。 それは冗談ではなく、実感だった。 筋肉は、自己完結型の資産であり、最も安定したポートフォリオだ。

習慣こそが投資の土台
コーチーは今、日本人駐在員の主婦層向けにダイエット事業を構想している。 一見すると、格闘家が主婦の食卓に踏み込むのは場違いに思える。 だが、彼はこう言った。

「彼女たち、こっちに来てから太るんだよ。ストレスと食生活の変化で。 でも、体が変われば、気持ちも変わる。 それって、投資と同じじゃない?」

僕は、彼の言葉に頷いた。 投資とは、生活習慣の延長線上にある。 何を食べ、どう眠り、誰と話すか——それらが、資産形成の土台になる。

習慣は、最も長期的なポートフォリオである。 それは、毎日の積み重ねであり、 市場の乱高下に耐える“身体的耐性”を育てる。

身体と金融の交差点
僕は、金融を“抽象的な数字”として扱ってきた。 だが、コーチーとの対話を通じて、それが“身体的な実感”と結びついた。 価格の乱高下に耐えるには、筋肉が必要だ。 そして、生活の変化に対応するには、習慣が必要だ。

投資とは、耐える力の物語である。 それは、知識よりも、反射よりも、 崩れた後に立ち上がる力。 その力は、身体に宿る。

僕は、コーチーの事業にまだ投資していない。 だが、彼の“問い”にはすでに賭けている。 それは、金融と身体の交差点に立つ、新しい問いだ。

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