3.23 ケップへの帰還
—風の人との再会と、静かな対話—
バリ島の空港を飛び立ったトシ先生は、プノンペンを経由して、カンボジア南部の町・ケップへ向かった。 道中、先生はミユキから受け取った子どもたちの絵を何度も見返していた。 空を飛ぶ魚、沈黙の図書室、夢の木——それらは、与えることの記憶であり、問いの種でもあった。
ケップに着いたのは、午後の遅い時間。 空は柔らかく曇り、海は静かに呼吸していた。 町は以前と変わらず、時間がゆっくりと流れていた。
先生は、田村さんの住む小さな家を訪ねた。 庭には、以前と同じようにハンモックが揺れていた。 そして、そのハンモックに、田村さんが静かに横たわっていた。
「先生か。よく来てくれました」 田村さんは、ゆっくりと体を起こし、笑顔で迎えてくれた。 その声には、風のような柔らかさがあった。
二人は、海辺のベンチに並んで座った。 言葉は少なかったが、沈黙は満ちていた。
「バリ島で、ミユキに会いました。彼女は、子どもたちに本を読んでいました」 先生がそう言うと、田村さんは目を細めて海を見つめた。
「彼女は、与えることで自分を整えているんですね。 私は、何もしないことで整えている。 でも、どちらも“風に耳を澄ます”という点では、同じかもしれません」
先生は、深く頷いた。 「僕は、旅を通じて問いを探してきました。 でも、今は“問いを残す”ことの方が、大切な気がしています」
田村さんは、静かに笑った。 「問いは、誰かの中で育つものです。 だから、残すことができれば、それで十分なんです」
その夜、先生は田村さんの家の離れに泊まった。 窓の外には、波の音と、遠くの虫の声。 先生は、ノートにこう記した。
「旅は、再会のためにある。 そして、再会は、問いを静かに手渡す儀式である。 ケップの風は、今も変わらず、問いを運んでいる」

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