3.17 サヌールのアトリエ

第3章 アジア各地での投資と生活

3.17 サヌールのアトリエ
—描かれない風景と、南洋の静けさ—

バリ島・サヌール。 空港から車で30分ほどの海辺の町。 クタやウブドの喧騒とは違い、ここには“静けさの品格”があった。

トシ先生は、早朝の海岸を歩いていた。 漁師たちが網を引き、遠くにはジュクン(伝統的な舟)がゆっくりと波間を進んでいる。 空は淡いピンクに染まり、風は柔らかく肌を撫でていた。

目的は、サヌールに暮らす老画家・村井静男との再会。 彼は数年前に日本を離れ、バリ島に移住したと聞いていた。 “描かれない風景”を追い続けるその姿勢に、先生は深く共鳴していた。

アトリエは、海沿いの小道を抜けた先にあった。 バリ様式の門をくぐると、庭にはフランジパニの花が咲き、風鈴が静かに揺れていた。

「先生、よく来てくれました」 村井氏は、変わらぬ穏やかな笑顔で迎えてくれた。 その声には、南洋の風が混ざっているようだった。

アトリエの壁には、未完成の絵が並んでいた。 バリの風景——だが、どれも“描かれていない部分”が多かった。

「ここでは、風景が完成する前に、消えていくんです」 村井氏は、キャンバスを見つめながら言った。 「だから、私は“描き残す”ことにした。 描かないことで、風景の気配を残すんです」

先生は、庭の椅子に腰かけながら、静かに頷いた。 「それは、旅にも似ています。 すべてを知ることはできない。 でも、気配に触れることで、記憶が育っていく」

その日の午後、二人は海辺のカフェでコーヒーを飲みながら語り合った。 村井氏は、バリ島の人々の“時間の感覚”について語った。

「彼らは、急がない。 でも、止まっているわけでもない。 時間が“流れている”ことを、ただ受け入れている。 それが、絵にも表れるんです」

先生は、旅のノートにこう記した。

「描かれない風景は、時間の中に漂っている。 そして、旅人はその漂いに身を委ねることで、風景の一部になる」

その夜、先生はアトリエの離れに泊まった。 窓の外には、波の音と、遠くで鳴るガムランの響き。 サヌールの夜は、記憶と夢の境界にあった。

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