4.2 (続):タイでベンチャーキャピタル元社長と語り合う
—現れた若き起業家、“正しさ”と“違和感”の狭間で—
チャオプラヤー川の風が、グラスの縁を静かに撫でていた。 先生とアナン氏の対話は、資本と共感、問いと加速について深まっていた。
そこへ、ひとりの男が現れた。 黒のポロシャツに、最新のスマートウォッチ。 足取りは軽く、目は鋭い。 「アナンさん、久しぶりです」 男は、アナン氏に親しげに声をかけた。
「おお、カビン。君が来るとは思わなかった」 アナン氏は少し驚いた様子で立ち上がり、握手を交わした。
カビン——30代前半の若手起業家。 AIとブロックチェーンを掛け合わせた“分散型信用スコア”の開発を進めているという。 彼は、先生にも丁寧に挨拶をしたが、その笑顔の奥に、何か計算されたものを感じさせた。
「僕のプロジェクト、今ちょうどシリーズAの資金調達中なんです。 東南アジアの信用格差を、技術で埋める。 銀行が見捨てた人々に、信用を与える仕組みを作るんです」
言っていることは、筋が通っていた。 社会課題に向き合い、技術で解決しようとする姿勢。 だが、先生はどこか引っかかっていた。 彼の言葉は、正しい。 だが、“熱”がない。 まるで、プレゼンテーションのようだった。
アナン氏も、静かに聞いていた。 そして、こう言った。 「君のアイデアは面白い。だが、信用とは“数字”ではなく“関係”だ。 その関係を、どう築くつもりなんだ?」
カビンは、少し笑って答えた。 「関係は、アルゴリズムで最適化できます。 人間の感情は、ノイズです。僕は、ノイズを排除したい」
その瞬間、先生はアナン氏と目を合わせた。 二人の間に、言葉にならない“違和感”が流れた。
先生は、静かに口を開いた。 「僕は、ノイズの中にこそ“問い”があると思っています。 人間の揺らぎを排除したら、信用は“制度”になってしまう。 それは、誰のための信用なんでしょうか?」
カビンは、少し黙った。 そして、スマートウォッチを見ながら席を立った。 「面白い視点ですね。では、また連絡します」
彼が去った後、アナン氏はワインを一口飲み、こう言った。 「彼は、頭が切れる。だが、風を読まない。 投資とは、風を読むことだ。 そして、風の中に“人”を見ることだ」
先生は、ノートにこう記した。
「正しさは、時に冷たい。 違和感は、問いの予兆である。 投資とは、違和感に耳を澄ます技術である」

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