3.13 問いの芽生え


—教えることの終わりと、旅の予感—

講義が始まって三週間が過ぎた頃、教室の空気が少しずつ変わってきた。 最初はノートを取ることに必死だった若者たちが、今では先生の問いかけに自分の言葉で応えようとしている。 トシ先生は、それを静かに見守っていた。

ある朝、講義の冒頭で先生はこう語った。

「技術は、問いに応えるために生まれます。 でも、問いそのものを持てる人は、そう多くありません。 皆さんがこの講義で得るべきものは、“答え”ではなく、“問い”です」

その言葉に、教室が静まり返った。 だが、その沈黙は、深い理解の前触れだった。

講義の終盤、学生たちはそれぞれにテーマを持ち始めていた。 AIと倫理、量子コンピュータと社会構造、情報設計と人間の感情—— それぞれの問いは、まだ未熟で、形になっていない。 だが、先生はそれを尊重した。

最終講義の日。 佐藤が、先生に一枚の紙を手渡した。 そこには、こう書かれていた。

「僕は、AIに“沈黙”を教えたい。 それは、言葉よりも深いコミュニケーションだからです」

先生は、その言葉を読み、静かに目を閉じた。 田村さんとの海辺の沈黙が、ふと脳裏に浮かんだ。

講義が終わった後、先生は社員食堂で一人、コーヒーを飲んでいた。 窓の外には、東京の高層ビルが並んでいる。 だが、その風景の奥に、ケップの海が重なって見えた。

「そろそろ、また風に会いに行こうか」 先生は、独り言のように呟いた。

その夜、先生は旅のノートを開いた。 次の目的地はまだ決まっていない。 だが、心の中には、すでに“問い”が芽生えていた。

「人は、どこまで技術に寄り添えるのか。 そして、どこで人間に戻るのか」

先生は、ページの隅に小さくこう記した。

「次の旅は、“境界”を探す旅になるだろう」

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