—教えることの終わりと、旅の予感—
講義が始まって三週間が過ぎた頃、教室の空気が少しずつ変わってきた。 最初はノートを取ることに必死だった若者たちが、今では先生の問いかけに自分の言葉で応えようとしている。 トシ先生は、それを静かに見守っていた。
ある朝、講義の冒頭で先生はこう語った。
「技術は、問いに応えるために生まれます。 でも、問いそのものを持てる人は、そう多くありません。 皆さんがこの講義で得るべきものは、“答え”ではなく、“問い”です」
その言葉に、教室が静まり返った。 だが、その沈黙は、深い理解の前触れだった。
講義の終盤、学生たちはそれぞれにテーマを持ち始めていた。 AIと倫理、量子コンピュータと社会構造、情報設計と人間の感情—— それぞれの問いは、まだ未熟で、形になっていない。 だが、先生はそれを尊重した。
最終講義の日。 佐藤が、先生に一枚の紙を手渡した。 そこには、こう書かれていた。
「僕は、AIに“沈黙”を教えたい。 それは、言葉よりも深いコミュニケーションだからです」
先生は、その言葉を読み、静かに目を閉じた。 田村さんとの海辺の沈黙が、ふと脳裏に浮かんだ。
講義が終わった後、先生は社員食堂で一人、コーヒーを飲んでいた。 窓の外には、東京の高層ビルが並んでいる。 だが、その風景の奥に、ケップの海が重なって見えた。
「そろそろ、また風に会いに行こうか」 先生は、独り言のように呟いた。
その夜、先生は旅のノートを開いた。 次の目的地はまだ決まっていない。 だが、心の中には、すでに“問い”が芽生えていた。
「人は、どこまで技術に寄り添えるのか。 そして、どこで人間に戻るのか」
先生は、ページの隅に小さくこう記した。
「次の旅は、“境界”を探す旅になるだろう」
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