3.5 トシ先生、マレーシアでホテル暮らしと新築物件の誘惑
—元銀行マン・佐野の人生と、ホテルラウンジで交わされた“買わない哲学”の対話—
トシ先生がクアラルンプールのシェラトンにチェックインしたその日、ロビーには静かに新聞を読んでいる中年男性がいた。 スーツ姿でありながら、どこか肩の力が抜けた雰囲気。 彼の名は佐野誠一。かつて日本の大手銀行で海外投資部門を率いていた男だった。
佐野は、銀行員としての人生を30年近く歩んだ。 ニューヨーク、ロンドン、シンガポールと、世界の金融都市を渡り歩き、 最後は東京本社でアジア戦略を担当していた。 だが、50歳を目前にして、彼は突然退職を決意する。
「数字の世界に疲れたんです。 利益率やリスクヘッジばかりを考えていたら、人生そのものが“ポートフォリオ”になってしまった」 そう語る佐野の目は、どこか遠くを見ていた。
退職後、彼は東南アジアを旅した。 ベトナムの古都フエで静かな時間を過ごし、タイのチェンマイで瞑想を学び、 そしてマレーシアにたどり着いた。 「ここは、経済と人間らしさのバランスが取れている。 投資家としても、生活者としても、ちょうどいい場所なんです」
現在、佐野はクアラルンプール郊外に小さなコンドミニアムを所有し、 週の半分はホテル暮らしをしている。 「所有と非所有の間に、心地よい揺らぎがある。 それが、今の僕のライフスタイルです」
そんな佐野とトシ先生が出会ったのは、偶然にも新築マンションの販売所だった。 トシ先生がモデルルームを見学していると、佐野が声をかけてきた。 「先生、物件を買うつもりですか?」 「いや、ちょっと見てみただけです」 「それなら、ホテルの方がいいですよ。僕もそうしてます」
その後、二人はホテルのラウンジでワインを飲みながら語り合った。 佐野は、銀行時代の経験をもとに、マレーシアの不動産市場の構造を解説した。 「ここは外国人にも開かれているけど、流動性は日本ほど高くない。 売るときに苦労することもある。だから、買うより“借りる”方が合理的なんです」
トシ先生は頷いた。 「僕も、ホテル暮らしの快適さに驚いてる。 掃除も洗濯もしてくれるし、朝食もついてる。 それでいて、月20万円以下。これなら、所有する意味が薄れる」
佐野は笑った。 「銀行員時代は、“資産を持つことが安定”だと思ってました。 でも今は、“持たないことが自由”だと感じてます」
二人の会話は、やがて人生哲学にまで及んだ。 所有とは何か。投資とは何か。 そして、老後とは“資産を減らすこと”ではなく、“時間を増やすこと”なのではないか。
「資産は、使うためにある。 でも、時間は、感じるためにある。 だから僕は、ホテルで朝の光を感じることに投資してるんです」
その言葉に、トシ先生は深く頷いた。 彼のノートには、こう記されていた。
「佐野さんは、数字の世界から抜け出して、感覚の世界に生きている。 そして、ホテルという“非所有空間”の中で、自由を手に入れている。 僕もまた、買わないという選択の中に、豊かさを見つけたい。今はホテルで暮らす方が、合理的で美しい。」
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